【エッセイ】時間がリレーする旅

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時間がリレーする旅

20代のはじめ頃、大阪から船で上海に渡り、チベット、インドを抜けてアジアを横断し、さらにはヨーロッパの最西端を目指すという長い旅をしたことがある。旅の目的は、ただ飛行機を使わずにどこまで日本を離れられるのかというもの。途中で旅の資金が少なくなり、ヨーロッパは自転車に乗って旅した。

そんな長い旅にも期限があった。当時、僕は大学を休学していたため、旅の終わりに復学するには4月1日に登校する必要があった。さもなくば、また意味のわからない「休学費」なる40万円を納めさら期間を1年延長するか、もしくは文字通り大学からドロップアウトするしかなかった。さすがにこれ以上、親を泣かす訳にもいかず、ポルトガルのリスボンから飛行機で、3月31日に日本に帰ってきた。

帰国後、空港から市内に向かうバスに乗っている最中、僕はすでに新しい旅に出たくなっていたことを今でもはっきり覚えている。その時痛感していたのは、1年という長い時間を持ってしても僕が実際に立つことができた場所とは、驚くほどに少ないという事実だった。世界地図を広げ、訪ねたことのある国を色付けしていけば、今では僕の世界地図はかなりカラフルになる。しかしそんなオセロゲームには何の価値も見出せない。何度インドを旅しようが、僕が知っているインドとは、その広大な大地と比較すれば、ほんのわずかな点と線でしかないのだ。世界旅行をしたからといって世界の本質を知ることができるわけもなく、正確には世界の広さを体感できるに過ぎないのだ。

それほどまでに世界は広いし、そして人の一生は短い。

だからこそ、またすぐに旅に出たくなる。異国を知れば知るほどに知らない世界の大きさに驚愕し、自分に残された時間の短さを実感する。そして旅の終わりが見出せなくなる。旅は僕の世界を確実に広げてくれたが、それ以上の膨張率で、実感としての世界も自動的に広がっていった。人間の科学的認識力が向上するほどに人体や宇宙の謎が深まっていくことと同じように、この世界もまた知れば知るほどに知らなかった世界の存在が頭から離れなくなっていく。それは僕をひどく焦らせた。

帰国後に学校に戻ってみると、見知った友人全員が就職活動をしていた。長かった髪は切り揃えられ、清潔感のあるスーツ姿で革靴まで履いていた。時代は就職氷河期の真っ只中で、今にして思えばみんな必死だったのだろうが、「エントリーシートの書き方」とか「OB訪問のススメ」とか僕には何のことかさえ理解できなかった。6人同室のドミトリーで僕以外の全員がドイツ語話者だった時よりもひどい疎外感を感じた。

しばらくして、僕はちょっとした抑鬱状態に陥ってしまった。

そして自分が何に落ち込んでいるのかも上手く理解できないままその時が来ると、リクルートスーツを購入し、髪を切り、慣れない革靴に靴擦れしながら、エントリーシートに嘘八百を書き連ねた。こんなことをしている時間はないと思いつつ、僕は右に倣えをしたのだ。当たり前のことだが、就職活動は悲惨な結果になった。運良く審査を通過する会社があっても、二次、三次と進むと逆に不安になっていった。ここが自分の将来の居場所なのかと想像するだけで胃がキリキリと傷んだ。そして不採用を告げる通知が届くとなぜかホッとした。しかしその直後には、落選したことに安心する自分が使い物にならない負け犬同然に感じられ、さらに落ち込んだ。

昔はもっと色んなことを上手くできたはずだった。旅が僕を変えてしまったのかもしれないと後悔もした。旅になんかしなければよかった、そう思ったこともあった。それでも結局、僕はその経験にすがるしかなかった。

「朝のリレー」という谷川俊太郎の詩がある。

カムチャッカの若者が 

きりんの夢を見ているとき

メキシコの娘は

朝もやの中でバスを待っている

この情景的で美しい詩を初めてテレビコマーシャルで知った時、長く立ち込めていた霧の向こうに、ぼんやりとかつての旅が透かし見えたようで救われた気分になった。僕は自然と「朝のリレー」の定型を自分の経験に置き換えていた。

日本の青年が

将来をすり減らしているとき

マヌーシュの少年は

荷馬車に乗ってギターを弾いている

その時、ヨーロッパを自転車に乗って旅していた僕はフランスのマルセイユから、モロッコまでの船が出るセートという街までペダルを漕いでいた。道は平坦で自然が溢れる気持ちのいい道中だった。

モンペリエという大きな街を出ようとしていた時、突然目の前に荷馬車に乗った集団が現れた。車が行き交う現代の街に、降って現れたような異質な光景だった。荷車には引っ越しでもするような大荷物が積み上げられ、馬車数台が列をなし、最後尾の荷台にはみすぼらしい格好をした一人の少年が乗っていた。しかしその横にはぴったりとバイクに乗った警官が付いていた。

護衛されているのか、監視されているのか。

とにかく僕は急いで、その集団の後ろに追いついた。すると荷馬車に乗った少年が自転車の後ろに荷物を巻きつけ必死に追いかけてくる僕に気がついた。そして急にギターを弾き唄い出した。それに呼応して他の荷馬車に乗る人々も騒ぎ出した。まるでパレードがはじまったようで、僕は彼に親指を突き立てて「いいね」と答えた。

しかし警官が鋭い警笛を吹き鳴らすと、その音楽はピタリと止んでしまった。僕にも「もっと下がれ」と合図した。そして道幅が広い場所まで来ると、警官は一団を路肩に停めさせ、僕に先に行くように促した。道路ではちょっとした交通渋滞がおきていたのだ。僕がペダルに力を込め加速しようとした時、荷台に乗った少年に接近した。彼は僕にわからない言葉で何かを叫んだ。何を言ったのかは分からなかったが、何かを言いたがったことだけは伝わった。

その瞬間、僕と彼は確実に交差した。

日本で「朝のリレー」のコマーシャルを見たとき、僕はほとんど反射的にフランスの片田舎で経験したこの一瞬の出来事を思い出していた。そして、今、彼は何をして、どこにいるのだろうか、と思った。今でもあの特異なコミュニティの中で生活しているのだろうか、それとも外の世界に飛び出しているのだろうか、と。

その少年がマヌーシュと呼ばれるフランスに住むロマの人々だと知ったのは帰国してからだった。空き地を見つけてはそこを一時的な生活の場として、時が来ればまた別の場所に移動して暮らしている現代のジプシー。著名なジャズギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトもそんなコミュニティから生まれていた。ちょうど僕が通っていた大学にはロマ民族を研究する先生がいて、話を聞きに行ったりもした。諸説あるものの、マヌーシュなど現在のヨーロッパに暮らすロマの人々は、インドのラジャスターン地方から西に向かってきた人々がルーツであるという説が強いという。つまりインドからパキスタン、イラン、トルコとアジアを横断してヨーロッパにたどり着いた人々なのだ。

しかしなぜ彼らは故郷のラジャスターンを捨てて西へと向かったのかという理由については不明だという。

その出会いから遡ること半年ほど前に僕はインドのラジャスターン地方の砂漠を旅していた。このまま砂漠を西へ抜ければパキスタンに行けるのに、国境検問所が存在しないため現在は通ることが許されない。はるか昔、国境など意味がなかった時代、きっとマヌーシュの祖先はあの砂漠を横切って西へと向かったはずだった。ほんの数ヶ月前に僕が立った場所に、少年の祖先は暮らしていたのかもしれない。そして、僕がただ遠くに行きたいという理由だけで日本を飛び出たことと同じように、彼らが故郷を捨ててヨーロッパまで移動したことにも理由などなかったのかもしれない、と思えた。

そう考えると、僕のちっぽけな旅が、一人の少年のDNAに刻まれた壮大な旅とどこかでリンクしたような気がした。それは旅の終わりに感じた、世界の広大さに愕然とした虚無感とは全く別の、もっと観念的で、多元的な時間の可能性にまつわるちょっとした発見のようでもあった。

僕が一人で勝手の落ち込んでいる時でも、あのマヌーシュの少年はギターを弾いて歌っていたに違いない。

カムチャッカの若者とメキシコの娘が同じ時間を共有しているように、あの日ほんの一瞬の交差を通して、僕らはお互いの時間を交換したのかもしれない。あるいは、海賊がどこか秘密の島に財宝を隠すように、彼が時間の置き場所として僕を選んだだけなのかもしれない。いずれにせよ、その出会いを通して、僕は彼の時間を想像できるようになっていたらしい。そんな能力が僕に備わっているなんて知らなかった。しかし一度気がつくと、あの少年の時間だけでなく、これまで出会った様々な人たちの時間が自分の中に一挙に流れ込んでくるようだった。

旅とは……などというと大層な話に聞こえてしまうだろうけど、少なくとも僕にとって、旅とは、自分一人の人生ではとても把握できないこの広い世界を、その土地の人々の時間を少し分けでもらうことで少しでもわかった気になろうとする、ほんのささやかな試みとでも言えるのかもしれない。それに、もしかすると僕の時間の一部だって誰かにとって意味があるのかもしれない。

今でもよく、あのマヌーシュの少年のことを思い出す。仮にもう一度彼に会えるのなら、聞いてみたいことがある。僕が君から大切な何かを受け取ったように、君も僕から受け取ってくれただろうか。そして僕が君を覚えているように、君も僕を覚えているだろうか、と。


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