大マダガスカル紀行 第二話
「旅の初っ端からミニバスが正面衝突する不幸っぷり」

マダガスカル到着の翌日は朝からロストバゲージの対応に追われた。

朝の8時ごろから電話対応を開始するということだったので、ちょうどその時間にホテルのレセプションから電話をかけるも誰も応答せず。

仕方なく外へ出て、コーヒーとパンという簡単な朝食を済ませてから、9時ごろに再度電話すると、荷物はナイロビでストップしたままだったが、すでに今朝の便でこちらに向かっていて、なんと昼前に空港に来てもらえれば引き渡せるというのだ。

…….全然、信用できない。

僕のいい加減なフランス語のせいで何かを取り違えているんじゃないかと確認しても、やはりもうすぐ到着予定だという。

そして半信半疑のまま昼前にタクシーの乗って空港に着くと、本当に僕の荷物がすでに届いていた。

てっきり二、三日、ここに足止めされると思っていたからちょっと拍子抜け。マダガスカルもやるときはやるんだな。

ということで無事に荷物を回収したこともあり、一気に旅が動き出した。

日本の1.6倍ほどの国土を持つマダガスカルにあって、首都アンタナナリボは中央高地に位置している。そのため交通事情が整備されていないこの国を駆け回ろうとすると、南と北に分断されることになり、その都度、首都が交通の発着地となる。

つまりどうせまたこの街には戻ってくるのだ。

まだ街の中心を軽く歩いただけだけど、翌日には首都から車で3時間ほどの場所にあるアンツィラべという街に向かうことにした。

翌朝、ホテル・タナ・ジャカランダを出るとタクシーでミニバス乗り場まで向かった。

ちなみにマダガスカルを理解する上で欠かせない存在が、「タクシー・ブルース」と呼ばれるミニバスだ。タクシーブルースとは、憂鬱な心情を表す「ブルース/Blues」な気持ちになってしまうほどに過酷だから「タクシーブルース」と呼ばれているのではなく、フランス語で「僻地」を意味する「Brousse/ブルッス」から取られた「僻地と僻地をつなぐタクシー」ということで、何れにせよブルーな気持ちにしかなれないと旅行者を苦しめる乗り物。

しかし僕だってこれまで過酷な旅を繰り返してきたという自負がある。

タクシー・ブルース、どんなもんじゃ、という気持ちだ。

アンタナナリボには方面ごとにいくつかの発着所があり、アンツィラべ行きは主に南、および西方面の発着所から頻発している。案の定、タクシーで到着すると多くの客引きが現れ、自分たちのタクシーブルースに僕を連れて行こうとする。

その中でもすでに乗客が車内に乗り込んでいる一台に決めた。

お値段6,000アリアリ、約150円。

しかも僕が乗るのは前から二列目となかなかいい席。順調である。

そしてタクシーブルースはアンツィラべに向けて出発。一時間ほど走ると朝食休憩があった。景色もなかなか綺麗で、僕は久しぶりの旅の感傷に浸っていた。

そんな時である。

順調に走る我らのタクシーブルースの正面に突如、真っ赤なタクシーブルースが現れた。

現れたって言っても、一瞬ですよ。

とっさに僕は膝に乗せていたカメラバッグの陰に隠れた。その直後に激しい衝撃が伝わり、車内は阿鼻叫喚と煙で満たされ、僕はと言えば膝と脛に強い痛みを感じ、耳には金属音が断末魔のような残響としてへばりついていた。

事故った。

それも回避不可能な正面衝突だった。

ただでさえ狭い足元が前から押しつぶされ、運転手の右斜め後ろに座っていた僕の足は座席と座席に挟まってなかなか抜け出せない状態だった。

そしてカメラバッグが通常使用ではあり得ない形に変形しているのに気がついた。頭が真っ白になった。

でもそれ以上に僕の隣に座っていたマダムが心配だった。頭から血を流し、彼女の足元は隙間が消えるほど押しつぶされていて、完全に狂乱状態になっていた。

僕は身体中に痛みはあっても重症ではないことはすぐにわかったから、窓から外に出ていた運転手にカメラバッグを渡した後、他に車内にいた客と一緒に、彼女の足を押しつぶしていた座席を持ち上げた。

そこから出てきた彼女の足はあり得ない方向に向いていて、大ごとだと思った。

なんとか彼女を外に出してから、僕もようやく解放された。

左脛から出血していたがかすり傷程度で、打撲痛もアドレナリンがバシバシ出ている限りはさほど気にならない。そんなことよりカメラバッグだった。

僕にとってパスポートよりも大切なカメラ機材。

マンフロットの大型カメラバックにはパソコン一台、カメラ二台、交換レンズ4本が入っている。

集まっている野次馬をかき分けて見つけたスペースでカメラバッグの中を確認すると、ズタズタにされたような気分になった。メインカメラとそこにつけたままにしていた望遠レンズが壊れていることが明らかだった。カメラはちょうど真ん中なの部分に深い亀裂が入っていて、レンズもマウント部分が曲がり、そもそもレンズとカメラが取り外せなくなっていた。

前方確認を怠ってトラックの追い越しにかかったクソッタレのせいで、隣に座っていたマダムは足を(おそらく)骨折し、僕のメイン撮影機材がぶっ壊れた。

ゼッツボー。

この調子じゃ、きっとパソコンだって死んでるだろうな。

もう嫌だ。

ロストバゲージ問題がクリアされて気分上々だった僕に冷や水を浴びせたタクシーブルース。

まだ僻地にだって行ってないのに、すでにブルース。

正面衝突する、ブルース。

しかし、僕の混乱はまだ終わらない。

この後どうすればいいんだろう。

乗客ではっきりとわかる怪我をしていたのは僕の隣に座っていたマダムと、運転手の隣に座っていた少年(額から血)くらいで、後部座席に座っていた連中は無駄にピンピンしている。

中には僕が怪我していないことを知ると、妙なテンションで拳をグーにして僕にゴッツンコを求めてくる奴もいた。

もちろん僕は全然ゴッツンコな気分じゃない。心はもうズタズタなんだ、ほっといてくれ。

しかしその願い通りにほっとかれていると、同じタクシーブルースに乗っていた乗客は自力で後続車に乗せてくれるように交渉しはじめていた。まず怪我をしていたマダムたちは立派な4WDが男気を見せて乗せてくれた。その後はみんな「俺も俺もと」必死である。

そもそもタクシーブルースという乗り物は4列シートに5人乗るのがデフォルトであることに加えて、中学生くらいまでの子供は一人とカウントしないというストロングスタイルを採用している。こういう乗り物スタイルは西アフリカでも同じことだが、満員状態になってやっと出発するため、まだアンタナナリボからさほど離れていた事故ポイントでは、通り過ぎるタクシーブルースに空席はない。

中にはトラックの荷台に乗り込む強者もいたが、僕には帰ってきたばかりのでかい荷物だってある。

そもそもこの荷物があと数日ケニアでのんびりしていればこんな悲劇には合わなかったんだ、と八つ当たりしてもどうにもなるわけがなく、僕も必死のパッチで後続車を片っ端から止めていくのだ。

僕はある程度のフランス語は話せても、マダガスカル語は全然わからない。

それをいいことに「ごめんね、ごめんね」とほとんどの乗用車は走り去っていき、止まってくれたタクシーブルースも、現場の状況から僕が事故車両に乗っていたことに気づいてくれ同情はしてくれるものの、席がないという。

そんなこんなでもう全部が嫌になりかけた頃、一台のタクシーブルースが止まってくれ、親切にも席を一つ作ってくれた。

ラッキーだった。俺ってツいてるな思ったが、よくよく考えてみればどうかしていたのだろう。

車内ではみんな僕に同情してくれた。彼らは近くの村からアンツィラべの日曜ミサに参加しにいく敬虔なクリスチャンたちだった。そんなこともあり、みんな徳を積みたかったのだろう。神様が本当にいるなら、彼らにはよくしてもらいたい。

こうして、傷心の僕はなんとか目的地のアンツィラべに到着することができた。

ちなみに車内では沈痛な僕を尻目に、皆さんは神を讃える歌を熱心に歌われていた。

その模様は是非、動画でご覧ください。

(続く)

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アンタナナリボの安宿

Tana Jacaranda

シングル一泊 40,000アリアリ

バス・トイレ共同

Wifiあり(そこそこ早い)

節約系旅行者に人気の宿の一つ

アンタナナリボからアンツィラべまでのタクシーブルース

南西方面行きタクシーブルース乗り場から頻発

所要時間 約3時間 6,000アリアリ(言い値は10,000だった)


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